夏の話

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真夏だった。

 

講習を受けるためには、消防署に出向いて受付をしてもらわなければならない。
インターネットで申し込み方法を調べた。
まず最寄りの消防署に電話で講習の空き状況を確認して日程を仮予約したあと、その消防署へ実際に受付の手続きに行く。

 ついこのあいだ、飛行機の搭乗手続きを手持ちの端末だけで済ませることができて、便利な世の中になったものだと感心した。時代は行ったり来たりする。

 

選んだ消防署は駅からすこし歩く。グーグルマップのプリントを片手に、影を選びつつすすむ。途中筋を間違う、引き返す、を2回。
うんざりしたころに目印のスーパー・イオンが現れた。束の間の避暑。南出入口をくぐり、冷凍食品コーナーを覗き込む。帰りにアイスクリームを買おうと決意する。入り口からここまでおよそ5分。まさにオアシス。
北出入口から出る。

 

消防署が現れた。
スーパーや消防署が「現れた」という表現はおかしい気がするが、なにしろ唐突に目の前に現れた。敵だったら切られている。消防署で助かった。

 

つかれ気味の警備員。暑いし無理もない。殺風景なエレベーター。薄暗い照明。
事務所に入るとダイ・ハードみたいな見事な体格の署員さんが近寄ってきた。
そして受け付けられる私は萎縮して、完全に取り調べの様相。

 

説明を終えたダイ・ハードが手際よくファイルケースの中の振込票を取り出したとき、ああ、いよいよね、と鞄の中の受講料が入った封筒を汗ばむ手で握りしめたら、この振込票もって郵便局に行ってくださいと言う。そしてさらに端っこの受領書を受講票に貼って講習当日持ってきてくださいと言う。
鍛え抜かれたその腕の筋肉はお金を受け取ってくれない。

 

郵便局は遠かった。
近い郵便局をしらないだけだが、聞けばよかった、と思ったときは既に外に出てしまっていた。日はさらに高く、影をまびかれた灼熱のなにわ筋。もう振り向くことさえできない。

 

麦わら帽子とサングラスと花柄のワンピース。
ファッション雑誌から抜け出してきたような女性2人が向こうから歩いてきた。
すれ違う2人の鈴のような会話は、単語ひとつも聞き取ることができなかった。
観光客だろう。地図を持っていた。道を聞かれなくて良かった。

 

なぜいま夏の話をするかって?
それは、アイスクリーム買うのを忘れてたことを、今日になって思い出したから。
同じアイスまだあるかな。季節は巡っていく。
 
 
 
 ☆コトバナパラレル「夏の話」☆