代診

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「ウニが付いていますね。」と内科医は言った。

 

確かに痛いはずだ。あのイガイガした奴が喉にくっついているのだとしたら。
私には普段以上に自覚症状を説明する必要があった。
あゆみ先生にだったら、いつものですと言えばいい。
それは見慣れぬ代診の内科医に対する礼儀であったし、誤診を避ける保険のようにも思えた。

 

喉が痛いです。熱はありません。せきもくしゃみも鼻水もありません。ただ喉が痛いです。
アレルギーですか?ちがいます。疲れてくるとこうなります。

 

10年以上通っている医院のカルテは、私よりも私の喉を知っているに違いない。
代診先生の視点は、休暇中の院長の手によって整然と書き記されたカルテと、
ポカンとあいた私の口との間を行き来した。
出荷前の品物に問題がないかをチェックする検査員のような慎重さで。

 

「ウニが付いていますね。たしかにこれは痛いでしょう。」
彼がウミと言ったことは状況からして明白だったが、
私の耳はくっきりとした輪郭の立体的なウニの映像を私の脳に接続した。

 

私の喉にはウニが付着しているのだ。
殻を外し調理され美しく並べられた柿色の中身ではない、生きたウニ。トゲをウネウネ動かすウニ。
おまけに、ムラサキウニやバフンウニのような優しい子たちではない。毒のあるガンガゼだった。
こってりとした深い紫色。パンク・バンドのギタリストの髪型みたいに攻撃的に尖ったトゲトゲ。痛いのは当然だった。
裸足で降り立った磯を、足もとに注意しながら歩く。

 

「...っておきましょうか?」遠くから呼ばれ、私の意識は磯から回転椅子に戻ってくる。
目の前には代診先生が銀色の細い棒を右手につまんで小首をかしげている。
その先にはマッチ棒の先端のような形状にくるまれた白い綿が取り付けられていた。
喉の奥に薬を塗ろうかどうしようか、と問われているのだった。
あゆみ先生なら、私の意向に関係なく「口開けて」「オエッ」「ゴメン終わり」の流れ作業なのに。
今日はいつもとは違う。喉の奥にはウニだって居る。

 

代診先生が棒を引っ込めようとするのを制して「おねがいします」と応じる。
私の喉に住むウニを、お願い、代診先生。やっつけてください。
先端を茶色に染めたステンレス・スチールがスロウ・モーションで近づいて来る。
急に不安を覚える。それは的中する。オオッ、オエェゥォァ。
 
 
 
☆コトバナパラレル「代診」☆